思いは同じかも:議論をするとき意識したほうがいいこと

18AF74DF-2B75-4F73-B868-BE2FCF18F806誰かと議論を交わすとき意識していることがありますか。方向は合っているのに、結論が出ない。そんなときは、こういうことが起こっているかもしれません。

こんな話があります

子供「もう食べれないよ。残してもいい?」

父親「残してもいいよ。でも食べれるもの何かない?」

母親「残したらダメだよ。どれが食べれないの?」

子供が、食事をもう食べることができないと訴えています。それに対する父親と母親の答え方です。この答え方を同時にすると、何かバトルが起きそうな予感がしますね。

話を整理してみると

話を少し整理してみます。

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父親は、原則として、「食事を残してもいい」と思っています。ただ、残したいだけ残してもいいと思っている訳ではありません。

例外として、「食べれなくてもいい。でも、食べることができるものがあるなら、食べないといけない」そう思っているようです。

母親は、原則として、「食事を残したらダメ」だと思っています。ただ、絶対に食べないといけないと思っている訳ではありません。

例外として、「食べないとダメ。でも、食べれるものをきちんと食べたら、無理をしてまで食べなくてもいい」そう思っているようです。

もしかして思いは同じ?

ここで、父親と母親が思っていることに共通点があるんですが、何だかわかりますか?

実はふたりとも、「食べ物を残すのはよくない」と思っています。

原則と例外の位置づけが違いますが、「食べ物を残すのはよくないことだ」という認識は共通なのです。

そのズレを解消してやると、この話はバトルにまで発展しないかもしれません。

まとめ

このようなことは、父親と母親の関係だけでなく、何かを議論する場面において、よく起こりうることです。

方向は合っているのに何だか結論が出ないなあというときは、「原則と例外の位置づけが、人によって違うことがある」ということを意識してみてください。

そうすることで「何だ、同じこと思ってんじゃん」ということがあるかもしれませんね。

人と話をするときは、こういう力「想像力は鍛えられる:税理士は電車でスマホの画面を見ている場合ではない」も大事ですね。

 

◉編集後記◉

長男(小3)が一人で外泊してみたいと言い出して。
おばあちゃんの家なので全く心配ないんですが、大きくなったなあ。

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